Golden Ratio of Chronograph
クロノグラフが美しく見えるために デザイン上の 重要なポイントがいくつかあると思うんです。その黄金律は何かと自分の中で考えてみると、それは10時10分 の時の針とインダイアルの関係性 だと思うに至りました。
世界でいちばん有名な6239PNを例にとって 解説しますと、腕時計はカタログなどで多くの場合、10時10分前後に針を合わせますよね。その時に…「針が左右のインダイアルに少しかかる」んですよ。この部分です。別の言い方をすると 「左右のインダイアルが このくらい高い位置に配置されている」ことが重要なんです。この要素がクロノグラフを美しく見せるんじゃないかと。
次に 6263のパンダを見てください。こちらもこうなってますよね。勿論、これはデザインだけでなく、そもそもムーブメントの設計をどうするかという話になってくるので、文字盤の単なる意匠的な問題だけではないのですけれど。ムーブメントは6239と同じくバルジュー社製ベース。
次にPatek の 3970 と 5970を見てみましょう。こちらも同じ関係性ですよね。ムーブメントはレマニア社製で手巻きのデイトナとは別物ですけど、やはりこの黄金律は踏襲されています。ケースの厚みと文字盤の直径などの関係性はデイトナとは全く異なりますが、左右のインダイアルの配置された高さは「感覚的には同じ位置」とも言えるでしょう。
ではマーケットでやや不人気と言われている5270はどうでしょうか?この5270 からパテックはレマニアからムーブメントを買うのは止めて悲願の自社ムーブに切り替えた訳ですが…
ここに隙間があるのがわかりますか?そう、つまり5270 はインダイアルが全体的に下に下がってしまい、ついにこの黄金律が崩れた訳です。そう言われて 再度このデザインを見てみると確かにインダイアルの配置が下すぎるように感じませんか?文字盤を大きくしたせいもあって、なおさらそう見えますよね。
5970 と 5270 でインダイアルの上下位置がどのくらい違うかというと、次の画像を見てください。左の5970インダイアルの上端に 線を引いてみました。これを見れば一目瞭然ですね。これまでのインダイアルの位置基準からすると… 5270 では明らかに「インダイアルを下げた」と言えると思います。これが文字盤全体のデザインにどういう影響を与えるかですね。
下図を見て頂けばわかると思いますが、インダイアルを下げると文字盤の上側にスカスカ感が出ます。これは当然ですね。Patek はこれを「わざとやっている」のでしょう。これはムーブメントの設計的にもかなり重要な設計変更ですので、偶然こうなるという話ではありません。
一方で、インダイアルの位置が下がった「設計上の理由」は明らかです。一般的には「インダイアルの中心」と 「文字盤全体の中心」(つまり針の軸) は同じ高さに並ぶ のが普通なのですが、 5270からそれを下にずらしたんですね(下図参照)。
6263: 3つの針の中心軸は同じ高さ。
5004:3つの針の中心軸は同じ高さ。
5270R:長短針の軸とインダイアル針の中心軸の高さが大きくズレています。その結果、3つのインダイアルが 下に偏位し、インダイアルが下に下がって、文字盤上半分にスカスカ感が出ていますよね。しかも、その結果 6時位置のミニッツサークル周りが煩雑なデザインになっていますが、逆に言えばこうまでしてインダイアルを下げたかったとも言えるかもしれません。
5270P:こちらも同じ。それによって 10時10分の写真で 長短針がインダイアルにかからなくなっていますね。こちらのプラチナモデルでは針を2499風に太いものに変え、インデックスも砲弾型にして太くしたことで、スカスカ感は少し解消されていますが、それでもインダイアルの下方偏位は否めません。
5204/1R-001:こちらも同じく軸がずれていますので、インダイアルは下方偏位。ただし上記の2つの5270よりも針もアワーマーカーも太くなっているので、上半分の余白は少なく見えますね。
126500LN:最新のデイトナに至っては むしろインダイアルを少し上げてきているのが、わかりますか?左右のインダイアルの中心軸の方が上なんです。もちろんこれにより10時10分の針は ハッキリとインダイアルに重なっていますね。16520までは水平だったので、正確にいうとデイトナは 116520 の時に「インダイアルをむしろ少し上に上げてきた」という訳です。流石、この辺りはわかってますよね。
5270と5970 の 並んだ画像を見ると、やはり如実にインダイアルの下方偏位を感じますね。個々の好みはともかく、やはり右の5970の方がデザインのバランスが良いのは誰の目にも明らかです。
もちろんデザインというものは 好みの問題ですし、5270/5204 の時計としての評価はあと10-20年経って初めて出るようなものですから、今後どうなるかはわかりません。ただフラットな目線で見ても「完全バランスを、Patekは意識的に崩した」のは間違いないと思うんです。こういう方向にした理由は、推測するしかないんですが、ブランドロゴを大きくしたい、曜日窓の拡大、アワーマーカーの拡大など の理由でとにかく文字盤上部にスペースが欲しかったのか、または自社ムーブにした事を機に、このムーブメントをスーパーグランドコンプリケーションのベースにも使えるよう、ミニッツリピーターやトゥールビヨンを組み込めるような設計にしたのかもしれません。ただ、それによりデザイン上での完全バランスが崩れることで失うものを考えなかったのか、どうなのか。
個人的には 失ったモノの方が大きかったのかな、と思います。
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