不完全さを愛する小村希史という画家
小村希史という画家を知っているだろうか?大胆な筆致の人物画で知られる小村だが、原宿のギャラリーThe Massで開催中の個展「大きな船/Big Ship」は抽象画の新シリーズを披露し、新境地を切り開いた。レセプションではアートに造詣の深い客が足を運び、その日中に半分以上の作品に買い手が付くという人気ぶりだ。「不完全さに宿る美」を信じ、創作を続ける画家 小村希史の人物像に迫る。
Photo_Shoichi Kajino | Edit&Text_Mio Koumura
ー出身は大阪?それとも東京?検索すると2通り出てきます。
東京出身です。小さいころは大阪で育ったと聞いていたので大阪出身と書いていたんですが、その後、東京出身だとわかったんです。血液型もA型と聞いて育ってきたんですが、去年、年が明けた瞬間に母親から「あなたはO型よ」って言われたり(笑)。
ー面白いご両親ですね。画家を志したきっかけは?
海外のロックや実験音楽が好きで高校の頃はずっと音楽をやっていたんですが、卒業してシアトルに渡り、英語もまともに喋れないしバンドを組む勇気がなくて。小さい頃から好きだった絵を描くことに没頭し始めたんです。その時は自分がまさか絵描きになるなんて考えていなかったですけど。
ー絵は独学ですか?
ほぼそうですね。学生時代は好きで絵を描いていたり、アメリカではデッサン教室に通っていましたけど、所謂、美術学校に通って絵の基礎や歴史を勉強したわけではないです。
ー帰国後はすぐに画家としての活動をスタートしたんでしょうか?
帰国した時には「絵で食べていく」と決めていましたが、創作にお金が必要だとわかっていたのでサラリーマンになりました。取扱説明書やプレゼンシートを作る企画・デザインの仕事で、本当に毎日忙しくてご飯を食べに帰るくらいしか自由な時間がなくて辛かったですね。
ーその間の創作活動は?
できる時は土日にやっていましたがなかなか難しかったので、通勤電車で毎日スケッチをしていました。小さいスケッチブックを持って、毎日車両の端に立つんです。そうすれば、車両が見渡せるので。そこから見える人物を次々に書いていくんですよ。1時間くらい乗っていたので、だいたい 1日に10人は書いていましたね。
ー社会人生活の間、毎日ですか?
そうです。今「やれ」と言われたら、絶対できないと思いますけど(笑)。サラリーマンって当たり前ですが、お給料を毎月もらえるじゃないですか。その生活にどこか慣れてしまって、段々と絵に対する思いが薄れていくんじゃないかという気がしていて。そういった「やばいな」と思う気持ちを食い止めるためにも線を引き続けていたかったんだと思います。
ー人物画のスケッチを続けたことで作風が確立した?
今思うとそれが原点になったかもしれないですね。毎日同じ車両に乗っていると毎日同じ人が乗ってくるんです。必然的に何度も同じ人を書くことになるんですけど、人の顔を観察しているとその人らしい癖が見えたり、色々な発見があって飽きなかったんですよね。
ーサラリーマンを卒業後、画家として転機になったのは?
2006年に現代美術の祭典「GEISAI」に出展したことは大きいです。プレゼンテーションスペースとしてブースが当たって、人物画の油絵を出展したんです。その時に藤原ヒロシさんから賞をいただきました。
ー人物画のイメージが強いですが、今回の「大きな船/Big Ship」は抽象画のみの展示です。
人物画は自分にとって大事ですが、小村希史という画家を象徴する作品群としているわけではなくて、同時進行で抽象画もずっと描いてきました。個展の時も1点、2点は抽象画を入れて見せたり。The Massは建設段階の時に一度空間を見せてもらったことがあって、その時からここで個展をやりたいと思っていました。それが実現するタイミングと自分の抽象画のシリーズ「Subtract」を見せられる時期がちょうど重なった形です。
ー「Subtract」は削ぎ落とす、差し引くことで完成する絵画。
自分は完全なものはあまり好きではなくて、なるべく荒さを残したがる傾向にある。西洋の油絵は絵の具を重ねていくのが基本で、そうしてできる立体感や肉肉しさ、力強さが魅力ですが、この「Subtract」はその逆。最初に描いたものをヘラや消しゴムで取り去ることで、予期せぬグラデーションが生まれるんです。その不完全さに儚さと美しさがあり、作品が持つしなやかさには日本人と通ずるものがあると感じています。
ー日本人が特有の”しなやかさ”とはどういったものですか?
しなやかという概念は日本人に深く根付いているような気がしていて。昔から日本は災害が多い国で、大地震が起きた時も海外では「日本人は動じず、能面のようだった」と誇張された報道がありましたが、少なからず動じないように見えるその姿は日本人の持つ強さや美しさの現れなのではないかと思うんです。一度削ったらやり直せない一発勝負。即興性やハプニングから生まれる表情が、作品をより瑞々しいものにしてくれるんです。
ー人物画と「Subtract」に通じる、小村作品らしさを自身ではどのように分析しますか?
僕の絵はわからない絵と言われることも多いですが、見る人に何か伝わればいいと思っていて。この絵が何に見えるのかということは見る人に委ねたくて、僕の中でも曖昧にしておきたいんです。それぞれが断片を拾い集めるように見ることで見えてくる何かが重要で、その不完全さが僕の作品らしさだと思っています。
ー「大きな船」というタイトルにはどういった思いが?
展示をやることが決まってThe Massに打ち合わせで何度か訪れていると、キャットストリート沿いの展示スペースとその上の小さなガラス張りのスペースという構造が船のように見えてきて。抽象画のみの展示だし、抽象的なタイトルがいいと思っていたのでぴったりだと。後から、自分が好きなアーティストでもあるBrian Enoの「The Big Ship」という楽曲にも重なるなと気づいて、それならと、会場では、その曲を元に使って、音を流そうと思い立ちました。
ー絵画展で音楽が流れているのは珍しいですね。
会場を船として捉え、水面に接する1階はドラムのリズムが波打つ音に聞こえるまで音を引き伸ばしていて、逆に空を向いて宇宙を仰げる2階はピッチを上げて高音にして、木星に近づいたら聞こえるというジュピターホイッスルという音を混ぜて流しています。会場の音楽だけではなくて、これまでも何度か本を作ってきているのですが、僕の作品が半分切れていたり今回は一般的な作品集とは一味違う。「何なんだこれ」というものにしたくて、今回は色々とわがままを聞いてもらって本当に感謝しています。
ー肩書きはアーティストではなく”画家”
絵で生きてくなんて特殊で、ある意味社会から外れている。今は”アーティスト”の枠が広くて、アーティストと言えば何だか社会とのコネクションを持ちやすいものな気がしていて。抵抗はないけれど、何か自分は違う気がしています。
ー画家の魅力は何でしょうか?
絵って日常的に必要じゃないから面白いんだと僕は思うんですよ。例えばファッションは衣食住と言うだけあって生活に欠かせないですし、デザインもより役に立つものが必要だからこそ求められる。でも、簡単には解決できない複雑な問題が今の世の中にはあり、人間の不安や絶望感が半端ではないです。そういったものを乗り越える手段が絵だと思っていて、生活に欠かせないものではないからこそ、信じていているんです。それ以上に『絵を描く』という事が大切で、強いと思うんですよね。
■大きな船 / Big Ship
会期:2018年5月19日~6月17日
会場:The Mass
住所:東京都渋谷区神宮前5丁目11-1
開館時間:12:00 – 19:00
閉館日:火曜日・水曜日
入館料:無料
- Keywords:
- Drawings