「記録と記憶の間を描く」 画家山口幸士の風景画と、スケートボードと
©Koji Yamaguchi 2021
自宅で過ごす時間が増え、身の回りの風景に目を向ける機会も増えた。画家・山口幸士の新作個展「近くて、遠い」では、そんな日常の中に潜む風景が美しく朧げな色彩とともに存在する。もともと風景画家の祖父をもつ山口が描いていてきたものは、セピア色の記憶と場所。風を切るように境界線の間のない色彩のある風景を描くようになったのは、ここ3年の出来事だ。怪我をきっかけに大きく変化した画家のこれまでを聞く。
Text_Mio Koumura
■祖父とスケートボードと、風景と
ー画家を志したのはいつ頃ですか?
祖父がヨーロッパの風景画を油絵で描いていて、小さい頃に祖父の家に行くとその匂いがするんです。絵がとても身近でしたし、描くこと自体は好きでたまにノートに落書きしたり。でもそれよりも自分はスケートボードやグラフィティが好きだったから、大学には行きましたが美大という選択肢ありませんでした。でも、いざ就職活動がはじまると自分の将来をぼんやりと考えるようになり、趣味で描いてきた絵を集めて初めて個展を開いてみたんです。そこで何点か買っていただけて、バイトでもしながら絵を描いていこうと決めました。
ー以前はセピアの作品を描いていましたよね。それもこの頃に確立していましたか?
最初の個展は好きなミュージシャンをモチーフにした人物画でした。腰を据えて絵に向き合ってみるとなんだか自分らしくないとなと思い、祖父の影響もあり風景を描いてみたいと思うようになり、スケートボードを楽しめるスポットをモチーフに、自分の大事な場所を記憶する意味も込めてセピアの濃淡で風景画を描くようになりました。その場所で思いついた言葉をカラフルな色の文字と合わせたり、2011年にサンフランシスコに渡米した頃は、落ちているゴミを作品にコラージュしたり。
©Koji Yamaguchi / Washington Square Park
©Koji Yamaguchi / cellar door
ーゴミをですか?
街が日本に比べるとすごく汚くて、僕はスケートボードに乗って移動するので、すごく目につくんですよね。タイムカプセルではないけれど、その場所の空気感も閉じ込めていくようなイメージから。
ー海外での創作活動はアメリカが中心ですか?
スケートカルチャーはアメリカが本場ですから、サンフランシスコやNYへの短期滞在を年に2、3回ほど。2015年にはアーティストビザを取得し、3年間NYで制作活動をしていました。
■怪我が変えた画家人生
ー順風満帆ですね。NYでの生活で変化はありましたか?
渡米して1年ちょっとは。現代画家 松山智一さんのアシスタントをさせてもらっていたのですが、2017年にスケート中に誤って靭帯を切ってしまい。ちょうど妻とNYで一緒に生活を始めるタイミングだったのですが松葉杖生活となり、アシスタントもままならなくなり、どんどん気持ちがスケートボードから離れていってしまったんです。
ー怪我をした後の作家活動は?
そうですね。できる範囲で、引き続きセピアの風景画を描き続けていましたが、「祖父が油絵描いてたな」と思い出して油絵具を使ってみようかなと。それまではずっとスケートボードで移動していたので携帯しやすいインクとペンで描いていたけれど、スケートボードで移動しなくなったからかもしれません。支持体も、水彩紙からキャンバスに変えました。
©Koji Yamaguchi 2021
ー 転機になったんですね。
心のどこかでスケートボードやスポットに固執していたんだと思いますが、ある日現地のスケーターに「この辺りにスケボースポットある?」と聞くと、「どこでもだよ。滑ったらそこがスポットになるじゃないか」と言われ、表面的にそれらを描くことから一度離れる決心がついたことも大きいです。街中の階段や道を遊び場に変えられるのって、すごくスケートボーダー的な考えで、自分の根底に根付いたこの精神さえあればいいんじゃないかと。
■写真の記録と自分の記憶の間を描く
ー自分が描きたいものが明確になったのでしょうか?
そうですね。幼少期を思い出す時、僕は記憶ではなく自分を客観的に見ている様子が思い出されるのですが、それってアルバムの写真と自分の記憶が混じり合った、勝手に作られた新しい記憶です。そう思うと自分の記憶はすごく曖昧なもの。その写真に写る記録と自分の記憶の中間にすごく興味があるんだなと。
ー今はどのように作品を仕上げているんでしょうか?
いいな、と思った風景の写真を撮影して、そこから絵に起こしていきます。写真は記録なので鮮明ですが、描いていくなかで自分の記憶に寄せていったり、思うように変えてみせたりという作業が好きです。
©Koji Yamaguchi 2021
©Koji Yamaguchi 2021
ー境界線を曖昧に描く背景は?
スケートボードに乗って街を眺めたら見えてくる残像のような風景であることと、僕は目が悪いので眼鏡を外すと遠近感がわからず、視覚的に色の境界線が曖昧です。それが静止画なのか動画なのか、高いか安いか、全ての固定概念がなくなり、全てがフラットに見える。好きな画家の一人、ジョルジョ・モランディの言葉「私たちが実際に見ているもの以上に、抽象的で非現実的なものはない」は、とてもスケーター的な考え方で自分にもリンクするのですが、フラットな視点で描くことで本質的なものを捉えたい。何ともない風景や日常に存在する美しさを伝えたいんだと思います。
– 今回の個展のタイトル「近くて、遠い」について。
今まさに感じていることで、行動が制限されていることで身近な風景も遠く感じる。当たり前が当たり前ではない今、より一層ふとしたものの大切さに気づくことができるんじゃないかと思っています。自分の家の近くのふとした場所や、過去の写真を見ながらなんともないような瞬間を思い出したり。そうした風景を探す作業が楽しかったです。
– 今はスケートボードは?
できてないですね。それでも、これからも自分の原点にはスケートボードがあります。靭帯の手術をしたらまた少しずつ乗っていきたいですね。
■山口 幸士 新作個展『近くて、遠い』
会期:2021年2月12日~3月6日
火曜~木曜 15時~19時 / 金曜~土曜 13時~20時 / 日曜・月曜・祝日 休廊
会場:BAF Studio Tokyo
住所:〒103-0003 東京都中央区日本橋横山町6-14 日本橋DMビル4F
- Keywords:
- Drawings