2019.08.17

Aquanaut Is The New Daytona

ANDmain

デイトナが持つカジュアル感やストリートとの親和性を考えたとき、ひょっとするとパテック フィリップの中で最もベーシックなモデルであるアクアノートこそが「新しいデイトナ」になり得るのではないか、と思うに至りました。少し大袈裟かもしれませんが、そんな予感が確かにあります。

ご存知の通りスティール製のパテック(主にノーチラスとアクアノート)が異常な人気で、現行モデルでありながら大幅な高騰を見せています。一般的な話題の中心は上位モデルのノーチラスだと思いますが、個人的にはアクアノートのポテンシャルがノーチラス以上かもしれないと感じています。

パテック フィリップと言えば、数年前まで5004や5970に代表される永久カレンダークロノグラフ(定価10-20万ドルの高価なモデル)がプレミアで取引される人気モデルの代表格でした。その頃、ノーチラスやアクアノートはもちろん人気はあったのですが、やはりエントリーモデルという事もあり、定価以上で取引される程ではありませんでした。しかし現在、状況は完全に逆転しており、ノーチラスやアクアノートの一部スティールモデルだけが、8-10年待ちとも言われるほどの過熱した人気となっています。

cap1

cap2

 

アクアノートは実物を手にとって見ると良くわかりますが、かなり凝った作りになっています。特徴的なベゼル表面はヘアライン仕上げ、ベゼル側面とラグはポリッシュ、そしてケース側面は再びヘアライン、そして文字盤は半艶のブラックというコンビネーションが独特の雰囲気を生み出しています。おそらく過度に派手にならないように慎重に仕様が決められたのでしょう。ラバーコンポジット素材のストラップやバックル部分についても実にモダンに処理されている印象で、クオリティという意味ではステンレスのデイトナより精緻な作りと言えるかもしれません。サイズについても、例えば5167A3針モデル)が40mmのケース、5164A(トラベルタイム)が40.8mmとほんの僅かだけサイズを変え、細かい仕様の差をモデルごとに持たせており、非常にコストがかけられています。

 

cap3

 

現行の5167Aは初代から数えると三代目のモデルですが、以前のものはケースが34-38mmと小さく、やや女性的でした。文字盤デザインの基本コンセプトは初代から変わっていないのですが、5167Aに至りデザインバランスが非常に良くなりました。また旧モデルはストラップとケースの接合部に隙間がありましたが、5167Aでは消失。ストラップのデザインやクオリティが格段に向上したのも大きかったですね。好みの問題は別として、アクアノートに関して言えば、現行モデルのがデザインと存在感のバランスが最も良いかもしれません。

cap4

 

デザイン的には、そもそもアクアノートは、ノーチラスのデザインを、いわばドレスダウンしてデザインされたモデルなので、パテックの時計の中では最もカジュアルなルックスを持っています。誤解を恐れずに言えばパテックの中で最も「ストリート感」のあるデザインだと言えるでしょう。またもう一つ重要な点は、文字盤がブラックである事です。ノーチラスはブルーの文字盤がその特徴な訳ですが、それゆえやや上品な佇まいになっています。最近のファッションのカジュアル化を考えれば、黒文字盤の需要は今後も高いと思われます。

しかし長い間、アクアノートの人気は落ち着いていました。2007年に最新の5167Aへとモデルチェンジされて以来も大きなブレイクはなく、ここ数年まで市場価格が定価を大きく上回る事はありませんでした。それがある出来事を契機に、状況が変わっていくことになります。

 

Aquanaut 5164A の登場

その出来事というのが、5164Aの登場です。実はアクアノートは97年の発売以来、14年もの間、3針モデルしか存在しませんでした。2011年にアクアノート初のコンプリケーションとしてワールドタイム(GMT)機能を搭載した5164Aがリリースされたのですが、このとき不思議なことが起きました。この新モデル5164Aの文字盤を見た事によって、世界中の多くのコレクターが同時多発的に、アクアノートのベースデザインの魅力を再認識し、アクアノート全モデルの評価が上昇したのです。

cap5

5164Aはデイトナのようなクロノグラフではないのですが、中央下のデイト表示部分のデザインが5970や5004の系譜のカレンダーのデザインを連想させるため、「アクアノートというカジュアルなボディの中に、ほんの少しだけパテック伝統のコンプリケーション感を凝縮した」絶妙なアピアランスになりました。さらに言えば、ムーンフェイスを入れなかった事も英断でした。もしムーンフェイスを配置していたら、どうしてもドレス的な雰囲気が醸し出され、オールドジェネレーション感が拭えなかったのではないでしょうか。この5164Aの登場により今までは「風変わりなデザインの3針時計」としてしか見られていなかったアクアノートが、このデザインをベースに「様々なコンプリケーションモデルへと発展できる、ひとつの独立した人気シリーズを形成するポテンシャルのある時計」だと、世界中の人々が理解したのです。

cap6

 

Tiffany という起爆剤

そしてさらに、アクアノートの人気を押し上げる起爆剤とも言える存在があります。そう、それはTiffanyモデルの存在です。ご存知の通りロレックスには過去にTiffanyとのダブルネームというものが存在しましたが、1990年代を最後に、現在は製造販売されておりません。しかしながらパテックに関しては世界の数店舗のティファニーブティックで、Tiffanyロゴが文字盤にプリントされた個体がごく僅かな数量だけ、ひっそりと販売されているのです。

cap7

モダンパテックのTiffanyモデルの強みは「真贋に関するダウト(疑い)が全く無い」という一点に尽きると思います。例えば現行のアクアノートで言うと、全てのTiffanyの個体は2008年以降にティファニーブティックで販売されたもの。まだ10年以内と比較的新しいため、ほぼ全ての個体にティファニーの名前入りの保証書、箱(パテックの箱がさらにティファニーのブルーボックスの中に入れられる)が付属しており、時には購入時のレシートなどもある場合さえあります。買い手にとってこういう安心感は非常に有利に働くため、相場安定の観点から見ると当然有利となります。

cap8

 もしヴィンテージのデイトナにポール・ニューマンダイヤルが無ければ、今のデイトナの人気はあったでしょうか。普通のモデルだけではなく、ポール・ニューマンというモデルの存在がある事で、ノーマル文字盤を含めたデイトナ全体の人気が高まったという要素は確実にあったと言えるでしょう。そういう意味で、アクアノートやノーチラスにおいてはこのTiffanyモデルの存在がイメージリーダーとなる可能性があります。現にすでに5167ATiffanyモデルのプライスは普通の5167A(プレミアが付いてますが)の価格の2倍となっており、今後も安定的に伸びていくと推測されます。

 

スティール・パテックの生産量

 パテック フィリップの全時計の年間生産個数は60,000個前後と言われており、インタビューでCEOのティエリー・スターンは「ノーチラスやアクアノートをこれ以上増産する気は無い。スティール製の時計は全生産量の25%くらいが適当だと考えている」と発言しています。そう考えると単純計算でステンレス製の時計は年産12,00015,000個程度と推定されます。現在ステンレスモデルはノーチラスで12モデル、アクアノートで8モデル、女性用のTwenty4やコンプリケーションを合わせても合計全27モデル。単純計算すると1モデルにつき、年間500個ほどと推測できます。もちろん27モデルが均等に作られている筈はなく、人気の5711/1A5167Aは多めに作られているとは思いますが、それでも1モデルあたり多くても、年間500-700本といったところでは無いでしょうか。現在世界のAD(正規代理店)は約422店舗(ヨーロッパ204、アメリカ83、アジア87、南米18、中東14、オセアニア7、カリブ海5、アフリカ4)ですから、ノーチラスもアクアノートも各モデル、ひとつの店舗に「年間1個か、良くても2個」程度。これは実際に日本の正規店から伝聞される情報とも符号しており、現実に近い数値と思われます。

 この生産数は現在のアクアノートやノーチラスの需要からすれば、信じられないくらい少ない生産数と言えるでしょう。事実、同じ様にプレミア価格になっているロレックスのスティール製の現行のデイトナのセカンドマーケットでの販売数を調べると、国内だけでもすぐに30-40本出てくるのに対して、アクアノートは数本しか出てきません。それを踏まえると、やはりパテックのスティールは少ないという事実が実感できると思います。

 5167Aに関しては10年程度の生産期間があり、かつブレスとストラップの2モデル(本体は同一)存在しているため、まだ比較的に数は存在すると思われますが、トラベルタイムの5164Aやクロノの5968A(まだ1-2年)に関しては、かなり個体数は少ないと思われます。Tiffanyモデルに関してはそもそも取扱店は世界に4店舗しかなく、年間に数本レベルと言ったところではないでしょうか。

ノーチラスとアクアノートの価格推移

 この様な状況なので、当然価格は上がる一方となっています。もはや正規店で定価で購入するのは事実上、不可能と言っても良い状況。下記チャートは両モデルの価格推移ですが、この1-2年で高騰しているのが一目瞭然です。

cap9

via:www.watchpricetrend.com

cap10
via:www.watchpricetrend.com

 

スティール・パテックの今後と総括

アクアノートの相場は定価の200%と十分に高い水準ですが、ノーチラスに対してはまだアンダーバリューと言えるかもしれません。個人的には特に5164Aが生産年数も短く、個体数も少ないため、今後生産終了になる可能性をも見据えると、非常に面白いモデルになる気がしています。アクアノートにはゴールドのモデルも存在しますが、やはりモデルの性格とそのデザインを考えると、このスティールの2モデルに人気が集中し続けると予想されます。

 

Aquanaut Is The New Daytona

時計に詳しい人ほど、きっとノーチラスの方がアクアノートより上だと考えるでしょう。それについて異論はありません。ですが、やはりノーチラスは本来、デイトナのような時計では決してありません。上品でドレッシーなデザインにあのブルーの文字盤。それよりもアクアノートの方が多くの意味でデイトナのような存在と言えるのでは無いでしょうか。モデルヒエラルキーの中で、ノーチラスよりも下位というその位置付けも、現代の空気感からすればストリートとの親和性の象徴と言えるでしょう。世界で最もエレガントな時計パテック フィリップの中で、最もカジュアルなアクアノートこそが、ロレックスのデイトナのような特別な存在になれる可能性を秘めていると思います。

cap11

cap12

Keywords:
Patek Philippe