藤原ヒロシVS”文春砲”新谷学 激変する時代の「ブランド論」vol.1
30年以上にわたりファッションシーンの中心に君臨し続ける「fragment design(フラグメントデザイン)」主宰 藤原ヒロシ。一方、2012年に「週刊文春」の編集長就任後、日本のジャーナリズムの代名詞とも言える巨大メディアへと育て上げた”文春砲”の生みの親で、現同誌編集局長の新谷学。これまで交わることのなかったふたりは、ともに時代を牽引するキーパーソンとして欠かせない存在だ。コロナウイルスによりニューノーマルな時代へと強制的に移行せざるを得なくなった激動の1年を経験した今、これからの時代に求められる『ブランド論』とは何か?JBpress autograph(オートグラフ)との連動企画として、RoCでは全3編でお送りするふたりの対談vol.1では、“文春砲”ビジネスに藤原が切り込んでいく。
Photo_Ko Tsuchiya Interview&Edit _Esuke Yamashita & Mio Koumura
―ふたりは、1964年生まれの同級生。同じ時代の空気を吸ってきたんですよね。
藤原 そうなんですね。新谷さんは大学生時代、「BROOKS BROTHERS(ブルックス ブラザーズ)」でアルバイトされていたんですよね? どうしてそれで文藝春秋に入ってしまったんですか?
新谷 実は「POPEYE」をやりたかったんですが、マガジンハウスは書類で落ちてしまったんです。それこそ藤原さんは「POPEYE」でアルバイトされていたんですよね?
藤原 はい。高校を卒業した18歳~19歳頃に、編集部に出入りしていました。でもマガジンハウスに落ちて入った会社が文藝春秋って凄くないですか?
新谷 それも縁かな、と思って。そういえばスタイリストの山本康一郎さんはお知り合いなんですよね?
藤原 はい、まさに「POPEYE」の頃から。
新谷 私も友だちで、実は今日着ている「文春リークス」のロゴ入りスウェットは、康一郎さんの「スタイリスト私物」につくってもらったんです。3種類、合計220着つくったのですが、4000人以上から応募があったそうです。メルカリでは30万円の値段がついたものもあったそうですよ。
藤原 時代ですね。
新谷 それもひとつのブランディングかな、と思って今日着てきました(笑)。
■藤原ヒロシが逆取材、”文春砲”ビジネスのリアル
―そもそも藤原さんは週刊文春を読んだりするんですか?
藤原 読みますよ。だいたい飛行機に乗って「何か読まれますか?」と聞かれたときは、「文春」と「新潮」って言ってます。でも、忖度なしに「文春」の方が面白いですよ。
新谷 めちゃくちゃ嬉しいですね。その言葉自体が「文春」のブランディングになってます(笑)。
藤原 僕の俗っぽい感情のあらわれかもしれませんが、「新潮」って変な真面目さがあるというか、振り切れていない気がします。
新谷 「新潮」はシニカルなんですよね。結構文学や哲学に傾倒していて、ドロッとした情念がある。それに対して「文春」は、もっと明るい野次馬根性というか。「てぇへんだ、てぇへんだ!」のノリですね(笑)。
藤原 文藝春秋って、「週刊文春」と「文藝春秋」の他にどんな雑誌があるんですか?
新谷 「文學界」や「CREA」、私が編集局長を務めている「Sports Graphic Number」などがあります。そして、なかでも今私が力を入れているのが、「文春オンライン」というニュースサイトです。
ウェブメディアの場合PVが運用広告の収益につながってくるので、それを増やしていくという方針を立てました。そこで2019年の4月から「週刊文春」の編集局の中に「文春オンライン」も入れて一体化し、「週刊文春」のスクープ力をフルに使い、そのコンテンツを「文春オンライン」でどんどん拡散できるように改革したんです。
それによって「文春オンライン」は現在急成長を遂げていて、もとは5000万くらいだったPVが4億くらいまできている。そうなると、この雑誌不況の時代でもかなり稼げるようになっているんです。
藤原 あれは課金制なんですか?
新谷 「文春オンライン」自体は無料ですが、「これ以上詳しく読むにはお金を払ってね」ということもやっています。下世話な話題だから藤原さんには嫌がられるかもしれませんが、2020年は渡部建さんのスクープをうちが取りましたよね? あのときビジネス面で何が起こっていたかというと、「週刊文春」本誌で50万部を刷って完売させたのに加えて、その特集記事を「文春オンライン」からヤフーやLINEに導線をはって300円で売ったんです。記事のバラ売りですね。
それがあっという間に4万本くらい売れて、PVは9000万。さらにワイドショーがうちの記事を使う際にいただく記事使用料などを合わせて、あっという間に数千万円の収益が紙の雑誌以外からもたらされました。
現在はこのように、ただスクープや価値のあるコンテンツをつくるだけじゃなく、それを使っていかに稼ぐか?という仕事まで編集者には求められています。もともと編集者は雑誌や本が好き、という気持ちで入ってくるわけですが、よい本をつくるだけでは誰にも届かず終わってしまうという現実があります。あらゆるメディアがぶち当たっている壁がここです。
藤原 ファクトを掲載するという意味で、百歩譲って下世話なネタっていうのはあってもいいかもしれないし、メディアとしてお金を稼がなくてはいけないのはもちろんわかりますが、そういう具体的なビジネスの話を聞いてしまうと、道徳的にどうなんですか?という気持ちになりますね。
新谷 そのご指摘の意味は私もよく理解しています。ですから私が現場に口を酸っぱくして言っているのは、収益を上げる部分と、メディアとしてのブランドを守る部分とのバランスをしっかりとろうよ、ということです。私は「スクープに貴賎はない」と思っているので、政治、芸能どちらもあっていいけれど、収益が最優先になってしまうと、一気に下世話に傾いてしまうので。
藤原 その問題ってメディア云々というより、デジタルのあり方ですよね。デジタルになった途端、その記事が300円で買われるとか、ダイレクトな話になってしまう。それはメディアのせいだけではなく、世間の人々の「渡部さんのネタだったら300円払います」という下世話な気持ちの金額でもありますからね。
新谷 本当に鋭いご指摘ですが、まさにデジタルってそういう世界で、ストレートに言えば、俗情丸出しの部分があるんですよ。きれいごとが通じない。
藤原 そうですね。しかも匿名性がある。
新谷 何にならお金を払うかってことが、格好つけずに”見える化”してしまう世界。だから、読まれた記事の量だけでランキングをつけると、下世話だらけになってしまうんです。そんな中で、いかに「文春」のブランドを守りながら世の中にニュースを伝えるかが、一番苦労しているところでもあります。
たとえば、河井克行夫妻が公職選挙法違反で逮捕されたっていう事件のきっかけは「週刊文春」のスクープだったんですね。お金と人材を大量に投入して、結果あの号が売れたかと言うと、たいして売れていないんですよ。やっぱり地味だし、本来新聞社がやるようなネタじゃないですか。でもあのスクープが出たことによって、あらゆるメディアや捜査当局、東京地検特捜部が後を追いかけて事件になった。その結果、「やっぱり文春に書いてあることは本当だよね」「文春は安倍一強政権でもリスクをとって戦うメディアだよね」という評価を得ることができるんだ思います。
ブランディングという言葉が正しいのかわかりませんが、こういうスクープは私たちの看板を磨くことにつながります。それでも、これだけではビジネスにはならなくて、商業ジャーナリズムで生きていくには、渡部さんのようなスクープも必要。このバランスをどうやって取っていくか、が最大の課題です。
藤原 ただ、よくも悪くも”文春砲”という言葉ができるくらい、〝そっち〟側に偏って見られているのは確かですよね。
新谷 世代にもよるかもしれませんが。
藤原 とは言っても、振り返ってみても、昔から文春って、そういう雑誌でしたよね? 角川の息子の騒ぎとか。
新谷 藤原さん、渋いところきましたね(笑)。
藤原 あれは1990年代前半だったかな? あれが僕に取って初めての”文春砲”的なことで記憶にすごく残っています。でも、さっきブランディングと仰いましたが、この和田誠さんの表紙がもう免罪符じゃないですか?四文字熟語のような雑誌名とイラストだけという。他の下世話な週刊誌と同じことをやっていたとしても、この表紙にずるさがあるというか。
新谷 たしかに、これで封じ込めている感じはありますね。だからどんな大スクープを取ったとしても、意地でも文字は入れないですよ。和田誠さんの表紙がわれわれの唯一の顔ですよ、というのはこれからも守ろうと思っています。
藤原 今ふと思ったんですが、新谷さんは文藝春秋で「Sports Graphic Number」もやられているとしたら、そこに登場するスポーツ選手が「文春砲」に引っかかる可能性もあるじゃないですか。その時はどうするんですか? いつも出てくれているからちょっとやめておこうかな、という忖度はあるんですか?
新谷 ないですね。
藤原 じゃあ今回対談したとしても、僕に対する忖度はないんですね? 僕が何かやらかしたとしたら出ちゃうんですね(一同笑)。
新谷 そうなります(笑)。念のために申し上げておくと、私のモットーは「親しき仲にもスキャンダル」。いくら仲がよくても書きますよ、という。官邸には仲のよい政治家がいますが、毎週のように厳しいことを書いています。もちろん嫌がられるけれど、それでも付き合いは続いています。自分の中で忖度したり、その時々の政治状況を鑑みて与党や野党を批判するのはやめよう、みたいに考え始めると、すごく危険じゃないかと。
藤原 メディアとしてダメになっちゃいますよね。ブランディングが崩れてしまう。
新谷 あくまでファクトがベース。「ファクトの前では謙虚たれ」ってよく言うんですけれど。それが文春の生命線というか、守らなければいけないところかなと思います。
かつて自民党の甘利明氏(当時経済財政·経済再生·TPP相)が、大臣室で羊羹の袋に包まれた現金をもらっていたという「水戸黄門」ばりのスキャンダルをうちが書きましたが(2016年)、本人への直撃取材のあと、私が親しくしている官邸中枢の人物から電話がかかってきました。「甘利さんが頑張ったTPPの調印式に行かせてやりたいから、なんとか記事を止められないか。しかも彼に金を渡している人間は、筋がよくないヤツなんだから」と懇願されたんです。
藤原 それ、余計に書かないとですね(笑)。
新谷 先方からは「今から会社に行くから」とまで言われましたが、「筋がよくない人間から金もらうのは余計よくないでしょ」と断りました。結局甘利氏は大臣を辞めて、自身が骨を折ったTPP交渉の調印にも行けませんでした。私に記事の差し止めを懇願した人物との友好関係はそこでぶっ壊れましたが、1年くらい経ってから、何事もなかったかのように「メシ行こうよ」と電話がかかってきました。もちろん行きましたよ。そんなことは何度もあります。
―藤原さんには、「親しき仲にもスキャンダル」みたいなモットーってあるんですか?
藤原 特にないけれど、「虎穴に入らずんば虎児を得ず」は、競輪選手だった父によく言われていました。
新谷 まさにその通りの生き方をされていますね(笑)。
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