“ファッション界の錬金術師”クレイグ・グリーンの凄み
ファッションデザイナーには、常に新しいことに挑戦し続けるタイプと、アイデアを磨いて発展させていくタイプに別れる。現在のロンドンを象徴するデザイナーであるCraig Green(クレイグ グリーン)は、間違いなく後者である。
Text_Kaijiro Masuda
今年の2月にミラノで発表されたモンクレールの新プロジェクト「モンクレール ジーニアス」において、クレイグ・グリーンは“8人の天才”たちのなかでも、ひときわ異彩を放っていた。なにしろまず、シルエットがブッ飛んでいる。21世紀のガンダムのザクのような人間を超越したフォルムは、映画や舞台の衣装として初めて成立する類いのもので、プレタポルテとはあまりにもかけ離れていた。それでも、「これ着られるの?」という疑問が生じると同時に、この振り切ったクリエーションと、この好ましい“暴走”を許したモンクレールに敬意を表さずにはいられなかったのである。
しかし、細部を観察すると、クレイグがいきなり突拍子もないことを始めたわけでなないことに気がついた。ライフジャケットにインスパイアされたという空気をまとった強烈なスタイリングは、セントラル・セント・マーチンズの卒業コレクションで披露したアイデアの発展形と言える。人間の肉体の領域を越えた宗教的、彫刻的な表現は、かれのシグネーチャーなのである。生地を丸めてチューブ状にしたテクニックは、2017年秋冬コレクションで初披露し、2018年秋冬コレクションでも見られるもの。スウェットシャツ用のミシン「フラットシーマ」によるキルティングのステッチも、しばしば用いる手法のひとつだ。プードルのイングリッシュサドルクリップのような、球根が連続するような中綿の区切り方は、2017年秋冬のモンクレールとのカプセルコレクション「モンクレールC」の進化版。クレイグは、ひとつのアイデアを少しずつ進化させ、普通の金属を金に変える錬金術師タイプのデザイナーなのだ。
クレイグ・グリーンは1986年、ロンドン北部のコリンデールで生まれた。代々つづく貿易商の家庭で育ち、幼い頃からモノを作るのが好きな子供だったという。セントラル・セント・マーチンズに7年間在籍し、故ルイーズ・ウィルソン教授らの薫陶を受けたクレイグは、MA(修士課程)の卒業コレクションで脚光を浴び、じしんのコレクションをスタートさせる。以降の活躍はここに記すまでもないだろう。今では名実ともにロンドンを代表するスターデザイナーであり、ビッグメゾンのクリエイティブディレクターの地位も、そう遠くない未来に実現するに違いない。
彼のクリエーションの特徴と、これまで発展させてきた代表的なアイデアを挙げると、以下のようになる。①ユニフォーム、制服、ミリタリーをベースにしたクリエーション②服に円形の穴を開けるモチーフ③民族衣装を連想させるフォルム④テープやロープが幾重にも垂れ下がるディテール④宗教の儀式を連想させる木枠のフレーム⑤デザインとしてのステッチワーク――。去る6月にピッティ・イマージネ・ウオモの招待デザイナーとして披露した2019年春夏コレクションも、この6つのいくつかを軸にしていることに変わりはなかった。
会場は、ピッティ宮殿の裏手に広がるボーボリ庭園だった。コジモ1世の婦人、エレオノーラ・ダ・トレドの命により、1550年に造営されたもので、設計は彫刻家のニッコロ・トリボロが手掛けた。メディチ家の数々の華麗な祝宴の舞台となった庭園で、建築、彫刻、自然が見事に調和した庭園として世界遺産にも登録されている。また、ピッティのショー会場のひとつとして、数々の伝説的なショーが繰り広げられてきたステージでもある。
そんな絵になる場所のどこを使うのかとワクワクしながら広大な庭園をひたすら歩き、たどり着いた場所は、樹木に囲まれた何の変哲もない芝生の広場だった。これなら普通の街の公園でもいいじゃないか、と思いつつも、こんな貴族的な庭園のもっとも貴族的じゃない場所を選ぶセンスが、なんともクレイグらしいと思った。
最初に登場したのは、薄いピンクの被りのシャツとパンツのセットアップを着たモデルだった。シャツの中央や脇には紐を通すループが付いていて、オレンジの紐が幾重にもぶら下がっている。ファーストルックで明るい色を使うのはクレイグとしは異例だが、紐の表現は前述のシグネーチャーのひとつだ。エスパドリーユとバルカナイズド製法のスニーカーを合体させたようなシューズも可愛らしい。続くのは、同じ色、生地のセットアップにオレンジの木枠を背後に抱えたモデル。クレイグの十八番だが、守護霊が可視化したみたいで、背筋が薄ら寒くなる。前半はベースの色を、ピンク→ベージュ→ライトグリーン→ライトブルーに変え、同じような軽いコットンの布帛のアイテムで構成した。
中盤に入ると、ブランド立ち上げいらいベースとしてきた、ワークウェアが登場する。ユーズド感のある極厚のコットンにステッチを叩いたワーウウェアは、サイドシームや脇の縫い目からキュプラのような光沢のある生地が飛び出している。この発想は、2018年秋冬コレクションのブラウン×ターコイズグリーンのパンツと同じだが、より大胆に発展している。粗野なコットンとドレッシーな生地の対比が、何とも不思議な魅力を放っているのだ。
女性の水着と下着を前面に張り付けたようなトップスも興味深い。同じく前シーズンで見られた表現だが、より分かりやすく精緻に表現している。ユニフォームの一環なのかもしれないが、ここまで直截的なフェティッシュな表現はこれまではなかったので、少し意外な気がした。
クラシックなサイクリングスーツ風のニットは、ナイキのスニーカー等で使われるフライニットを衣服に転化させたもの。後半は、平面に書いたデザイン画を抜染プリントしたようなコートと、その対比としてシャツのインナーのタンクトップやパンツのポケットが透けて見えるトロンプイユなテクニックを披露した。この3つは、これまでにないアイデアで、次回以降の進化が楽しみだ。最後は、滲んだような花柄や宗教的な絵が描かれたキルティングの宗教着で締めくくった。
ショーを始まる前にかいていた汗は引き、少し肌寒さを感じていた。それほど恐くない怪談話を聞いた後のような、新興宗教の儀式を間違って目撃してしまったような、不思議な感覚だった。その後、ミラノとパリを合わせて約70のショーを見たが、ショー後に同じような感覚を覚えたことはなかった。クレイグ・グリーンとは、かくも不思議なデザイナーなのである。
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