2019.03.16

今求められるディレクション力とは?スチュアート・ヴィヴァース×梶原由景

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コーチのクリエイティヴ ディレクターに就任して5年。スチュアート・ヴィヴァースは、ディズニーやキース・ヘリングを始めとするアーティストなど、様々なコラボレーションプロジェクトを行い、そのユニークさが話題を呼んでいる。一方、梶原由景はセイコーやペンフィールドなど、数々のメーカーとコラボレートを通して新しい市場へ訴求する売れるリブランディングを行ってきた。今日では、決して珍しいことではなくなったファッションの企画におけるコラボレーション、さらにはブランドの再構築について、2人に話を聞いた。

Photo_ Ayumu Yoshida Text_ Aika Kawada

■「ヘリテージに敬意を」リブランディングの第一歩

梶原さんは最近のコーチについてどのような印象をお持ちですか。

梶原由景(以下、梶原):アーティストとコラボレーションを行い、若い世代へのアプローチを積極的に行っている印象がありますね。あとは、5年ほど前の話になりますが、ポートランドを訪れた際に、古いコーチのバッグを集めているコレクターのヴィンテージショップにいく機会がありました。こういった新しい動きとバッグブランドとしての堅実性の両輪があるブランドというのは面白いと思います。

—SNSのプロモーションなど、ヤングカルチャーを用いた演出が随所に見られます。意識されて取り組まれているのでしょうか。

スチュアート・ヴィヴァース(以下、スチュアート):一番大切に考えているのは、ブランドのストーリー性やヘリテージへのリスペクト。さらに常に意識しているのは、世界中の若い世代がいま何にこだわり、何を気にして生きているのか、ですね。SNSではタップする言語こそ違いますが、リアルタイムで若い人たちの興味の対象、彼らがどのようなファッションを好み、その結果どのようなグループを形成しているのかを把握できるので動向は常に追っています。もちろん、彼らに直接ヒアリングをすることもありますよ。

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—SNSが普及する前と後で、コラボレーションの方法自体に変化はあったのでしょうか。

スチュアート:変化があったかは定かではないですが、コラボレーションが世の中の注目を集める効果的な方法であることはが明らかになりました。アイテムにタッグを組んだ同士の二面性とそれによる相乗効果が付与され、受取る側にブランドへの新たな視点をもたらすことができ、非常にプロモーションに効果的というわけです。さらに、個人の声がブランドの領域を超えるようになったのも大きな変化ですね。

梶原:私に関しては、SNSが流行する10年くらい前に普及したブログの影響力を肌で実感しました。それまでは、編集者を介してでないと情報発信ができなかったのですが、自らダイレクトに世の中に発信できるようになったわけです。私個人の話でいうと、現在もSNSよりも、一方的なアプローチにはなりがちですがブログへの意識が強いかもしれません。SNSのような対等なコミュニケーションをする必要はないと思っていて。中にはネガティブな意見もありますし、世の流れを見ないほうがいいものができる場合もあるんじゃないかと。とはいえ、SNSはプロジェクトの背景や作り手の思いを伝えるには有効なツールだと思っています。

梶原さんは、ペンフィールドやセイコーなどのリブランディングを手がけられていますが、それぞれどのように取り組まれていましたか。

梶原:どんなプロジェクトも、ブランドの要望に沿って効果的な取捨選択をしていくことを気にかけていますね。ペンフィールドは、ブランド価値を上げることがプロジェクトのミッションで、いまのファッションシーンにフィットしたアイテムを展開したいという要望がありました。それまではロードサイドの低価格帯のジーンズショップで主に展開していたようですが、上のレイヤーのコレクションを作り、日本のセレクトショップにも置けるようにすれば、ぐっとターゲットが広がります。つまりもう一つ高品質なラインを作ることで、消費者のピラミッドもでき、それに伴って売り上げが上がっていく仕組みを作りました。一方、セイコーは、性能はいいものの、ロレックスのように誰もが認めるファッションアイテムではないという点を払拭したいという相談でした。なぜセイコーがそうならないのかと考えた時に、アイテム自体が高性能すぎるからではないかと考えました。私がいま着ているような服装に取り入れられるようなデザインと必要な機能を考案しました。彼らのヘリテージへの敬意として、特徴的なパーツをいくつかデザインに残すことにしました。

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ヘリテージに新しい要素を加えていくという作業は、コーチとも共通しています。

スチュアート:ブランドの中に息づくものも、あるタイミングで大胆に変える必要が出てくるのは必然だと思っています。世代の交代やトレンドの変化は常にありますから。私はコーチの人々がこだわってきた本物であることを全面に押し出し、さらにより多くの人を魅了するためにレディトゥウェアを始めるなど、挑戦もしてきました。

■ディズニーやキース・ヘリング……コラボの裏側

コーチで目を引くのがNASAとのコラボレーションやレキシーのようなキャラクターの展開です。アイキャッチーなモチーフ選びはどのようになさっているのですか。

スチュアート:モチーフ選びで重要だと思っているのは、人の気持ちをかき立てるかどうかです。選んできたのは、私が好きなもの、今までにポップカルチャーの中で影響を受けてきたもの。レキシーに関しては、ふと笑顔になれるような親しみを感じられるキャラクターに育ててきました。どれも、パーソナルな思い入れのあるモチーフであることが多いですね。

梶原:NASAとのコラボレーションは他のブランドでも何度か見ましたが、コーチは一早く実現していたのを覚えています。普通はまず、インディペンデントなストリートブランドが先にコラボレーションをし、その後に大きなブランドが圧倒的に大きな規模でやる、というパターンが多かったと思います。その嗅覚に驚きました。

スチュアート:アプローチしたタイミングが良かったようで、幸運でした。NASA側からも様々な時代のモチーフを自由に使っていいと言われていました。そのオープンな姿勢には感激したのですが、結局使うモチーフを絞り込むことになってしまいましたね。

コーチのディズニーとのコラボレーションもインパクトが大きかったと想像します。

スチュアート:大きな反応がありました。白雪姫を起用したのは、私がディズニーのクラシック作品の大ファンだからなのですが、今回はみなさんがイメージする白雪姫ではなく、ダークサイドにフォーカスしてコレクションを製作しました。過去にミッキーマウスを使ったこともありましたが、その反応も凄まじく、最も世の中の人々の心をとらえるキャラクターなのではないかと思ったほどです。

梶原:過去に映画「トロン」で、ディズニーと仕事をしたことがあります。私もこの映画のファンだったのですが、あまり資料がなくネガみたいなコマ送りの画像を一つ一つ見て、いいものを選びそれをグラフィックデザインしてもらったのを覚えています。

スチュアート:その作業は私たちもしました(笑)。映画を観ながら作業を進めていく中で、思わぬアイデアが浮かんでくるので、楽しい時間でした。

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キース・ヘリングのコレクションも、NYを拠点とするコーチらしいコラボレーションで印象深かったです。

スチュアート:ただ、キースの作品を私たちのレディトゥウェアに載せるのではなく、彼がもし生きていたらコーチとどういったコラボレーションを行っただろうと想像しながら制作を行いしました。彼にまつわる多くの場所を訪れ、書籍を読んで彼の哲学を理解し、生前彼と親しかった人たちにも会いに行きました。それから、コーチガールがNYの地下鉄の駅でキースがドローイングをしている場面に出くわし、その場でバッグに絵を描いてもらうというストーリーも仮定してコレクションの制作をしました。私にとって、彼はNYのヒーローなので、思い入れの深いコレクションです。

梶原:日本でもアート好きのファッション業界の人たちをはじめ、大きな話題になっていました。キースといえば、ドキュメンタリー映画「インベッドウィズマドンナ」の中でマドンナがキースの命日にライブをするシーンがあって。本当に彼らの親交が深かったことが読み取れたのを覚えています。

スチュアート:彼女が「キースの為に」というシーンですよね。もちろんその作品は観ましたよ。これが去年のSSコレクションだったのですが、私は初のシグネチャーテキスタイル(コーチの柄のモノグラム)を手がけた年でもありました。この素材と彼の作品がぴたっと合わさった時は嬉しかったですね。

■ラグジュアリーという価値感を変化させる日本独自のファッション感覚

これまで数々のビッグメゾンも手がけられていましたが、コーチに相違点があれば教えて下さい。

スチュアート:コーチの面白さは、ラグジュアリーという価値観に対し、ヨーロッパのビッグメゾンとは異なるアプローチができる点でした。その方法はとてもアメリカ的で、気負いなく自由。ラグジュアリーはフォーマルである必要はなく、次世代にとってはスニーカーもバックパックもラグジュアリーなファッションになり得るという考えです。そのような遊びの感覚を、スウェットやワークウェアなどのアメリカのアイコニックなファッションスタイルに落とし込めるのには大変やり甲斐を感じました。現在こういったスタイルが、世界の中心になりつつあるのは驚くべきことです。

梶原:車に例えるなら、メルセデスベンツではなくレクサスということですね。そういう意味でも、コンテンポラリーなラグジュアリーは世の中に定着したと言っても良さそうですね。

スチュアート:私にとって、コーチで大事だったことはヨーロッパのラグジュアリーに取って代わるものではなく、別の際立ったものを確立させることでした。

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ラグジュアリーの感覚にとって代わるものとして、ストリートファッションが様々なブランドから提案されています。このような動きは、日本のメンズストリートファッションで、いち早く始まったのではないでしょうか。

梶原:日本のメンズストリートシーンが始めたというより、日本人のファッションの感覚がそもそも西洋人と違ったということの方が大きいと思います。まず洋服というのは西洋のもので、洋服を一着作るのにも多くの研究と要素を必要としたわけです。独自に研究、発展させたものを改めて海外の人が見て、やっと最近面白いと見てくれるようになったのだと理解していますね。

スチュアート:初めて日本に来たのは12年前ですが、当時は年2回東京で、ファッションのディテールのリサーチをしていました。今も来日する度に斬新なアイデアを発見できるんですよ。毎回、何店舗もヴィンテージショップをも回りますが、日本は特徴的だと思います。アイテムを厳選しキュレートされた店内には驚かされますね。中でもアメリカンスタイルへの深い興味を感じます。

梶原:メンズファッションにおいては、日本人は持ち前の生真面目さで諸外国から収集した洋服を分析して、整理して体系化し、それぞれに価値をつけていったんです。今、再評価されているアメリカのメンズファッションは、日本人が体系づけたアメカジであることが多いです。日本は圧倒的なクリエイティビティはないけれど、物事を深く理解して価値を見出すことが得意なのかもしれないですね。今はデザイナーが変わってしまいましたが、以前の「バンド・オブ・アウトサイダイーズ」はまさにその知識を持って服作りに取り組んでいたブランドだったはずです。同じように洋服の研究結果をもってまた良きものを作るといういい循環が始まっていくと思います。

スチュアート:過去のアメリカのワークウェアは機能的だからこそ、作り手の心をつかむインスピレーションになり得るのでしょう。私自身もコーチの企画でそのような経験がありましたから。

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—では最後に、NYと東京それぞれおすすめのスポットを教えてもらえますか?

スチュアート:スタテンアイランドのフェリーをお勧めします。無料で乗ることができるし、映画「ワーキング・ガール」の舞台にもなりました。とても眺めがよく、NYを感じることができるスポットですよ。

梶原:チェルシーにある「プリンテッドマター」という本屋さんが好きでよく行きます。ジンのような少しエキセントリックな本を数多く取り揃えているんです。その一方で、NYにハイラインという地区があるのですが、そこの生態系が書いてある真面目な本が置いてあったり。バラエティの広さが面白いので必ず覗く、お勧めのスポットです。

スチュアート:東京では必ず高円寺に行くようにしています。その際には、ぽえむ(コーヒー専門店)にも立ち寄りますよ(笑)。今日は、町田のスニカーショップとヴィンテージショップに行くつもりです。

梶原:高円寺に町田というのは意外ですね!コーチがヤングカルチャーにアプローチできている秘密が分かったような気がします。

 

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