映画「カメラを止めるな!」の製作元ENBUゼミナールとは?【前編】
新人監督×無名の俳優たちによる製作費数百万円のインディペンデント映画ながら国内外で高い評価を受け、大ヒットを記録した『カメラを止めるな!』。極めて異色のゾンビムービーにしてスーパー娯楽作の製作元となったのが、東京都内にある創立20年の俳優・映画監督養成スクール「ENBUゼミナール」だ。代表、そして映画や演劇の第一線で活躍するOGの話を通して、同校のフィロソフィーと“カメ止め”の製作過程を探る。
Photo_Daiki Sekimizu(TRYOUT)|Edit&Text_Yoshio Horikawa(TRYOUT)
エラーも含めて身を持って体感させ、より自主的な“考動”へと導く
五反田駅から徒歩数分の雑居ビル。その一室に『カメラを止めるな!』の製作元となった「ENBUゼミナール」がある。映画製作を学べる学校や劇団の養成所がいくつか存在するなか、このスクールには1998年の創立当初から創造的で自由な風土が息づいている。「うちは以前から理論的なことを細かく説明するよりも、まずはやってみるという考えです。演出家や映画監督、脚本家や俳優といった演劇・映画業界でトップランナーを務める人たちを講師として迎え、実践形式に重きを置いています。例えば演劇・俳優コースだとダンスやバレエのレッスンはおろか、発声練習すらほとんどありません」。そう話すのは、2009年よりスクールの代表を務める市橋浩治さんだ。OGの一人である藤原佳奈さんも、「ほかの学校だとあるんでしょうけど。うん、なかったですね(笑)」と白い歯を見せる。関西出身の彼女は京都の大学を卒業後、2011年に「ENBUゼミナール」の演劇コース(当時)に通っていた。「演劇の仕事に携わりたいと学校を探していたとき、いくつかある候補のなかから最終的に『ENBU』を選びました。ほかのスクールは方向性というか、こういう人たちを育成します、みたいなカラーがはっきりと見えたんですね。ただ、当時は演劇のことをよくわかっていなくて、私自身がまだ何色なのか定まっていない状態だったらから、それならここだと一番得体の知れない『ENBU』に決めたんです(笑)」。
彼女の隣で同じく笑顔を見せる早川千絵さんは、2012年に映画監督コースの夜間部を受講。このコースのカリキュラムも実践重視だったという。「基礎的なこと、例えば撮影の方法を丁寧に教え込まれるというよりは、『じゃあ行ってらっしゃい』みたいな感じですよね。市橋さんからもありましたけど、まずはやってみる。『ここにある機材を使って街に出てとにかく撮ってらっしゃい』と。私の場合は子供がいて日中は仕事をしていたこともあり、決死の覚悟で通っていたので拍子抜けしました(笑)。でも、そのユルい感じが逆に良かったのかも。ある授業で、『こういう場合はどうしたらいいんですか!?』って勢い込んでスタッフの方に聞きに行ったら、『場数を踏んで、たくさん間違えてたくさん失敗してください』と言われて。あ、そういうことなのかって肩の力がすっと抜けましたね」。
彼女たちの話から、正解だけを教えるのではなくエラーも含めて身をもって体感させ、より自主的な“考動”を促すというスクールの哲学が根ざしていることがわかる。「カリキュラムもあるにはあるんですけど、講義であれば現役で活躍されている講師がこうだという考えをバーッと話して、さっと去って行く感じ(笑)。だから生徒は生徒で、いい意味で全部鵜呑みにしないというか。この授業は何が本質で、それはこういうことなんだなって飲み込んでからまた新たなことを見つけていく。だから自然と自主性が育まれるのかもしれないですね」と藤原さん。早川さんも首を縦に振る。「特に映画監督コースの場合、講師を務める監督さんのカラーに染まってしまう。どうしても生徒の考えや作風も似てくると。ほかの学校に通っている知人からそういうふうに聞いていたんですけど、いいのか悪いのかそういうことが全くなかったですね」。当時のエピソードをまるで昨日のことのように振り返る2人。その表情からは、「ENBUゼミナール」のスタイルにフィットし、充実した日々を過ごしていたことが理解できた。
才能の芽を摘むことなく、平等にチャンスを与える
「理論よりもまずはやってみる」。そんな実践型の授業と並び、「ENBUゼミナール」には生徒全員が作品を手がけ るという方針がある。映画監督コースを例にすると、他校では選ばれた数名だけが監督を務め、ほかの生徒は裏方に回るというケースが多いそうだが、ここでは卒業製作として全員が脚本を書き、キャスティングや撮影も一人ひとりが行っているのだ。
早川さんが言う。「私が『ENBU』に決めた一番の理由が、全員が撮れるということ。別の学校の説明会にも参加しましたけど、実際に作品を作れるのはどこも先生に推薦された3名くらいだけで。日の目を浴びることができなかった候補のなかから、もしかしたら傑作が生まれる可能性もあると思うんですけど」。才能の芽を摘むことなく、平等にチャンスを与える「ENBUゼミナール」のスタイルを模範とするスクールも最近になって増えているという。「やっぱり作らないことには何も見えてこないですし、次にもつながらないですから」。そんな市橋さんの何気ない言葉にこそ、“映画人”としての矜持を感じた。さて、近日アップ予定の後編では3人が考える『カメラを止めるな!』がヒットした要因。そして邦画の可能性をセッション形式でお届けする。
■プロフィール
早川千絵(左)
はやかわ・ちえ/NYの美術大学で写真を専攻しながら映像作品を独学で製作。帰国後の2012年に「ENBUゼミナール」に。卒業製作作品の短編映画『ナイアガラ』が、2014年カンヌ国際映画祭シネフォンダシオン部門、ソウル国際女性映画祭(グランプリ受賞)など、多数の映画祭に選出される。2018年には是枝裕和監督が総合監修を務めるオムニバス映画『十年 Ten Years Japan』の一編、『PLAN75』を監督。http://www.kujiraoffice.com
藤原佳奈(中)
ふじわら・かな/京都大学文学部を卒業後、2011年に「ENBUゼミナール」に。演劇創作ユニット<mizhen>主宰。演劇×動画の祭典、第5回クォータースターコンテストで『マルイチ』がグランプリを含む4賞を受賞。「日経COMEMO」(comemo.io)にてKOLとして連載を持つなど、ビジネス領域でも活躍。来年2月9日(土)から17日(日)まで、表参道のアパート「ビラ青山」で<mizhen>『渋谷区神宮前4丁目1の18』を公演。http://mizhen.info
市橋浩治(右)
いちはし・こうじ/1998年創立の「ENBUゼミナール」代表。資格スクールや大学・専門学校の生徒募集、広告営業を経て2009年より現職。ゼミの運営の傍ら、映画や舞台を鑑賞してはシーンの最前線で活躍する監督や演出家たちを講師として招聘。http://enbuzemi.co.jp
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