ここ数年、時計の世界で 2 つの新しい大きな出来事が起きました。1 つめはヴィンテージロレックスが名実ともにオークションでも中心的存在となったこと。これは時計世界の一つのヒエラルキーを打破する出来事だと言っても良いと思います。つまり、50 年前に作られた ROLEX の古いステンレス製のシンプルな実用クロノグラフ (当時は 2,000 ドル前後で売られていたもの) が名門中の名門パテックフィリップのゴールドやプラチナ製のミニッツリピーターなどのコンプリケーション (複雑時計) よりも高値を付けるという現象が、現実のものとなったのです。もちろんその原因はヴィンテージロレックスそのものが持つ人気の高さであるのは間違いありませんが、それだけではこのような現象は起こらなかったと思います。
この 2 つの出来事は、密接にリンクしており切り離して語ることはできません。この数年 PHILLIPS を始めとする時計の世界の仕掛人たちが目指したものは「ヴィンテージロレックスのブランディングの再構築と資産価値の安定化」だったと見てとれます。
しかし ROLEX はパテックフィリップなどの超高級腕時計に比べると実用品的であり生産数も、販売されてきた国の数も遥かに多く、全ての時計に対してアーカイブを発行する事は ROLEX 社といえど、物理的に不可能であり、ROLEX は過去の時計に対してそういう事を一切行いません。ROLEX 社がオリジナリティを鑑定しないならば、それはオークションハウスの仕事です。勿論、オークションハウスはこれまでも、その努力は行ってきました。ですがその鑑定に関する知識体系やオリジナルかどうかの真贋に対する専門的判断は、基準が曖昧な部分が多分にありました。ですから、ほんの 10 年くらい前まではオークションに出品されてる時計であってもオリジナルかどうか怪しいものが平気で並んでいるという状況でした。
デイトナを例に例えると、そこで大きな役割を果たしたのが Pucci Papaleo という人物です。2012 年に彼は手巻きデイトナの多くのバリエーションを網羅した写真集「ULTIMATE ROLEX DAYTONA」を出版。この本ではもの凄い数のヴァリエーションのデイトナをクオリティの高い写真と共に、ひとつひとつ細くその仕様を紹介しています。彼は著書の中でデイトナの全てのモデルごとに、モデルごと固有の文字盤のディティール、そして相応しいケースやパーツ、適合するケースのシリアル番号などを掲載し、それぞれにきちんとした存在価値を付与しました。
またその一方で、本当に販売されていたのか疑わしいプロトタイプのような文字盤 (文字盤自体は ROLEX によって製造されたのは間違いないが、恐らく一般に販売された事は無い文字盤) にも、その文字盤の製造年代に合うシリアルのケースを合致させ、魅力的な名前を与え、その存在にきちんとストーリーと神話性を付与しました。現在では、プロトタイプの文字盤を持つデイトナも彼がお墨付きを与えたモデルは、時には 1 ミリオン US ドル以上の値段がつくようになりました。彼らはオークションハウスとも良い関係を築きながら、言わば新しい時代のデイトナの権威となった訳です。
このようないくつかの大きな要素が、決して偶然ではなく、一つの大きな流れとして同時並行的に進められた事によって、ヴィンテージロレックスの価格がこの数年で跳ね上がったのです。ありていに言えば出品される個体のレベルとそれを扱う環境が格段に進化したと言えるでしょう。大切な事はただ単純に値段が上がったと言う事ではなく、「ヴィンテージロレックスが確固たる投機対象としての地位を得た」という事実です。そう、アートや不動産と同じように。
written by *Visionary Tokyo